2016年05月18日

神が居るのに、何故?世界は争いが絶えない? 〜出雲神学からの考察〜

4.16熊本県震源の大地震でお亡くなりになられた方々のご遺族に、心からお悔やみ申し上げます。また、被災され避難生活を余儀なくされている皆様に、一日も早い安心と安全が確保できますようお祈りします。

4〜5月になり、狂犬病予防注射とフィラリア予防の時期です。マダニは3月から草むらに出てきております。早めの予防をお勧めします。

さて、今回は出雲神学からの考察、第3弾です。
皆さま、神が存在するなら何故?戦争や殺戮を止めないのでしょうか?
私は若い頃からずっと疑問に感じていました。
近代史において、あまりにも貧困や不平等、殺戮が多いため「神は死んだ!」と叫んで、「唯物論」を展開した社会学者がいました。
多くの人々が、新年を迎えると神社参拝します。これは、死後の世界、霊界(見えない世界の存在)を、おぼろげながらも信じているからなのですね。だから、「神は死んだ」とは言えないし、言いたくないし、何らかの希望を持ちたい・・・という願望に他ならないでしょう。

そこで前回から登場の友人の回答です。彼の考察。
・神と人とは「親子関係」で創造されたと言いましたね。私達の親子関係に置き換えてみればわかりやすいです。この世の中の‘愛’で、親子の愛ほど崇高で何物にも代えがたいものはありません。
・では、もし貴方の子供が作られたロボットの様に、プログラミングされた行動しかできなかったとしたらどうでしょうか?親はその子を見て決して満足には思いません。それは、親子関係とは言えませんね。
神は、動物や植物といった万物と人間を区別するために、人には特殊な能力を与えました。それが、「自主性と主体性」です。実はこれが回答のキーポイントです。

・お子さんを育てた事のある方なら良く解られると思いますが、赤ちゃんの頃、ハイハイしたり歩き出すと、どこに行くかわからなくてハラハラします。
それは、自主性と主体性=「自分で判断し、考え行動する」 という能力を与えられたからです。だから、人間らしさが出るのです。

もし、100%神が人の行動に干渉したら、それはもう親子関係ではなくなってしまいます。
つまり、親でも予想できない行動をとってしまう ‘自主性’を神は人間に与えたのです。子は親の全てを相続するものです。神は人に対して、自分の様になってほしいから主体性と自立心を与えたのですね。
神は人を創造し、人の親が我が子に期待する様に、神の子供として成長して欲しいと願ったのです。そして無事成長したら、自分の権能を全て相続して欲しかったのです。(だから、人は本性的にその意識が遺伝子にインプットされているからなのか?神=絶対者を目指すのですね。そして、神社では人を神としてお祀りしているのですね。)

ところが事件が起きました。最初の人間が、ある一定期間(成長するまで)の自主性と主体性を任された時期に、神の戒めを守らず、親の願いと違う方向に進んでしまいました。
(神学ではこれを堕落したという。)
そこには神も干渉できないという原則を神自身が決めた為、神は「無力な神」になったという解釈です。

Q:親だったら、我が子が誤った方向に行こうとしたら、止めるじゃない?何故止めなかったの?(私の質問)

A:はい。神が定めた自主性と主体性を与え、我が子が成長する一定の期間中は、誰も干渉せずに人間が一人で判断するという原則を神が決めました。(それが主体性であり自主性です。)それなのに、もし途中で神自身が干渉したら、神が自分で決めた事を自分で破ってしまう事になります。神は唯一・絶対という定義がありますから、その大原則を曲げて矛盾すれば、神は存在できなくなります。

我が子が成長しても家を勝手に出て行ってしまい、帰ってこない。連絡もない。こんな親御さんは、本当に寂しく、しかし我が子の事を片時も忘れられない。そんな姿が今の神の姿なのです。
人類の始祖が神の願いから外れたため、「本当の神の願いにかなった子」にはなっていないのに、全国の神社には勝手に人を‘神’として祀り上げられているのです。
外国のとある霊能力を持った方が日本に来た時、神社をお参りしたらそこに祀られている‘神’が、「霊界には本当の神様がおられるのに、地上の人々が自分を神として拝んでいて、恥ずかしくて居場所が無い!」と嘆いていた・・・という話を聞いた事もあります。
・・・・この続きは次回に。

以上が友人の解釈です。
「親子の情?」イマイチわからない部分もありますが、なるほどと理解できる部分もあります。でも私がわからないのは、人類始祖の‘堕落’って、一体何をしたのか?
神はどんな戒めを与え、しかし止められなかったのか?・・・という事です。
この続きは、次回に・・・。

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久々に登場=仙台時代のノルウエージャン・・・9.7kgだそーです。大きい!!


posted by 城北通り動物病院松江 at 20:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

神様って何?  〜出雲神学からの考察〜

皆様こんにちは。春の訪れとともに、花粉症の季節です。若いころは山野を走り回っていましたが花粉症なんて無かったのに・・。地球は汚染されて来ているんでしょうかね?

さて、「出雲神学からの考察」の第2弾です。おとぎ話が、実は現実問題だ!という事をご理解頂ければ幸いです。
以前、ブログで紹介した世界的な視野での神学に通じた友人が、若い頃、私の質問に答えてくれた内容を小出しに(シリーズで)ご紹介します。
今回のテーマは、「神とは?」「人生の目的は?」です。

<質疑応答>
私の質問1:神様って言ってるけど、日本は八百万神(ヤオヨロズのカミサマ)だし、西洋ではギリシャ神話の神々もいるし、本当はどうなの?

友人の回答:「唯一神」(ゆいいつしん)が正しい理解でしょう。一般神学では神の定義は唯一・絶対・不変と見ます。世界で一番信者が多く、定着しているのはキリスト教です(約20億人)。そして現在の私達が住んでいる文化もキリスト教文化圏です。キリスト教の思想は唯一神です。その思想が世界中に広まったのは何故か?見えない力(神?)が働いたからではないでしょうか?

では、日本で古来から伝統的に「神」と呼称されているのは一体何でしょうか?結論は人間の霊体(魂)の事、もしくは、人があがめたい理想的な姿(偶像的)のこと。
出雲には「大国主のミコト」がおられますが、正確には「渡来人の霊体」と言われています。出雲風土記を研究された学者が書いた本には、「オオクニヌシの親である「スサノウノミコト」と「クシナダヒメ」の夫婦の墓は、島根県松江市八雲町にある熊野大社にありますが、オオクニヌシの墓は全国どこにもありません。」とある様に、日本の神社は実は‘霊験あらたかなお墓’なんですね。
日光東照宮は徳川家康の魂を祀る廟。太宰府天満宮は菅原道真の魂を祀る廟。平たく言えば、私たちが初詣で行く神社参拝とは‘墓参り’をしている事になるのです。

私の質問2.神がいて、本当に人を創ったというなら、何のために誕生させたのか?

友人の回答:神は人を男と女に創造されました。何故でしょうか?何のために人を創造したのでしょうか?
聖書の冒頭に、「神は人を創って、甚だ良かった。神は彼らを祝福して言われた。生めよ、増えよ、地にみちよ、地を従わせよ。」(創世記1章)とあります。
神が人間を創ったのなら、必ず目的があります。私達が何か物を作るとき、目的を持って作るのと同じ様に、神と人間は実は「親子の関係」でスタートしたのです。親が子を産んで嬉しく思うように、神も人を創った時、甚だ良かった=本当にうれしい と思ったと聖書に記されています。そして、その次がポイント。人の親でも、子が生まれると喜びながらその子に対して、将来はああなってほしい、こうなってほしいと期待する様に、親なる神は人に3つの事を望んだと聖書に記されています。実は、その3つの親の願いが、私達人間の人生の目的なのですね。それが一番自然な考え方なのではないでしょうか?

●生めよ・・・これは英語の解釈によると、赤ん坊を生むのではなく、「成熟しなさい」という意味。つまり「人格完成しなさい」という意味。これが私たちの人生の目的の第一番目ですね。この事を突き詰めているのが、仏教や儒教の教えです。覚者(悟りを開くもの)とはこのことなのですね。

●増えよ・・・2番目は文字通り、男女で結ばれて子孫を増やしてほしいという事。
これが、2番目の私達人間の人生目的なのですね。
しかし、現実はどうでしょうか?結婚しても今や3人に一人は離婚するという。結婚は人生の墓場だ!などと言った学者もいました。
神の願いなのに、何故うまくいかないのでしょうか?それは人が「未成長の段階のうちに、勝手に結婚しているから」なのです。第一の目的を達成してから、神の祝福をもらって第二の目的=結婚しなければならなかったのに、成長していない段階で勝手にくっついてしまっているからです。順番を間違えているからですね。

えっ?だって、縁結びの神様である出雲大社で、挙式を上げているんだよ?・・・といっても、お墓で結婚式あげているのですから、本当に神様の祝福された(許可された)結婚ではないのです。もし、出雲の神様が全世界が認める本当の唯一神なら、絶対に離婚など無いはずでしょう?それがあるのは何故か?という問題です。

・・・・これが、友人の回答の一部です。若い頃にこういう話を聞いて、ちょっと葛藤して反発したり、妙に納得したりしました。今読み返してみても、なるほどと納得するところがあります。
忙しい日々ですが、たまにはこのように自分の足元をじっくり見つめる事も必要ではないでしょうか?この続きは次回に。    以上

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posted by 城北通り動物病院松江 at 17:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月06日

宇宙の根本を求めて  〜出雲神学からの考察〜

皆様こんにちは。日が長くなり、晴れた日の暖かさに春の訪れを感じる今日この頃です。
もう桜が咲き始めていますね。

さて、今年1年間は「出雲神学からの考察」として、私達の生涯にとって実は最も重要なテーマにメスを入れたいと思います。このテーマは私の生涯にわたる研鑽課題です。
(※因みに、この「出雲神学」とは、私が勝手に造った言葉で、出雲に住んでいますので、「神国出雲からの‘神’に関する考察」という意味です。)

最初は、「宇宙の根本を求めて」です。
今から数十年前、私が大学生のころは学生紛争というのが下火とはいえ、まだ残っていました。当時の学生は、人生の目的とは?とか、正しい社会構造とは?とか、本当の政治思想は?など、多くの疑問を持ちながら、その答えを求めて学生同士で議論を交わしていました。ほとんどの学生がそうでした。別に政治家になるわけでもないのに、とにかく日本だ、世界だ・・・と、自分の学位取得単位の事などそっちのけで、大きなことばかり議論していました。

今の若者にこのような疑問をぶつけても、「何それ?」という反応です。今の若い人たちはある意味ではかわいそうだと思います。
欲しいものはほとんど手に入るし、飢えたり、乾くこともありません。インスタントで美味しいものは簡単に手に入るし、「考え抜いて物を創造する」といった事や、「額に汗して体力の限り働く・・・」と言ったことが少なくなってきたように思います。
暇さえあれば、パソコンや携帯のゲームのとりこになり、貴重な時間をドンドン失う。他人とのコミュニケーションを避ける 等々・・・・本当にかわいそうです。私はこれを「ビル・ゲイツの犯罪」と呼んでいます。

しかし、どんな人でも私が以下に提示する疑問の一つや二つは人生で考えた事があるかと思います。
1.何故?人によって運・不運があるのか?
2.何故?人によって幸福や不幸の度合が異なるのか?
3.幸せを求めて結婚したのに、何故離婚するのか?
4.まじめに生きてきたのに、何故こんな病気になってしまうのか?
5.何故?私は孤独なの?
6.本当に正しい事って何?
7.死んだらどうなるの?
8.神様っているの?
9.正しい社会制度って何?
10.人は皆平等に幸せをつかめるものなの?
11.本当の愛って何?本当の友情って?
12.変わらない愛ってあるの?
13.こんなに我が子を愛して来たのに、どうしてわかってくれない?
14.何故?私の心は醜いの?
15.戦争やイデオロギーの差はどうして回避できないの?
16.世界の争いはいつ無くなるの?
17.何故?世界には貧富の差があるの?
・・・・・.等々・・・・・
さあ、自信をもってこれに、妥協論でなく明確な回答をもって応えられる方、ご意見を募集しましょう。

結局、全ての疑問は枝葉末節。根本は、「宇宙の根源の解明」しかありません。
旧ソ連が崩壊するまでは、世界は2大思想で対立していました。つまり、民主主義か共産主義か・・・です。これは、平面的にみると政治・経済構造の違いととらえやすいですが、もっと大きな根深い思想の違いが底流にありました。それが、「神の存在」を肯定する唯心論と、神を否定する唯物論の2つの対立です。結局、後者は敗退しました。だから、旧ソ連は崩壊しました。
今の世界の重要問題は、「正しい神はどれだ?」という事です。それが、米国9.11に代表されるキリスト教文化社会とイスラム社会の対立構造です。(宗教対立)

結局、この問題を解決するには、「神」の存在を科学的に客観的に解明して、その神が創造した人類は当然、創造の目的と目標があったのだから、その目的・目標(=人生の目的になります)をハッキリさせねば、一切の問題解決はできないと言っても過言ではありません。今まで私達は、わからないから試行錯誤で歴史をつづって来たのでしょう。

今年1年かけてこの究極のテーマを検討していきたいと思います。
ご意見をお待ちしています。一緒に考えましょう。

以上

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毎年この時期に「お雛菓子」を頂いています。山形県庄内地方限定のお菓子で創った幕の内?です。
posted by 城北通り動物病院松江 at 19:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする