2019年02月15日

歴史に見る神の人類救済計画 〜イエス・キリストの生涯C〜西洋神学史観

皆様、こんにちは。北日本は寒波が厳しい様ですが、今年の山陰地方は本当に雪が少ない年です。2月に入っても桃や梅の花まで咲いているこの頃。積雪が少ないと雨量が心配で、稲作に影響が出ますね。

では、本論です。イエス・キリストの生涯の最終稿です。例によって友人の弁です。
友人:前回までは、イエスが愛し尽くしたはずの3弟子が裏切り、会計係だったユダがイエスを銀貨40枚で売り飛ばしました。
有名な「最後の晩餐」という絵画をご覧になった方も多いかと思います。12人の弟子たちと最後の食事の席でイエスは「この中に私を裏切るものがいる」と言います。皆は誰だ?とざわめきます。イエスは「その人は生まれてこない方が良かった・・・」と表現しました。それが会計係のユダなのです。

旧約聖書を研究してきた当時の神学者ならイエスの教えや例えが良く理解できたと思いますが、いかんせん無学な漁師や取税人出身の弟子たちでは、奇跡を起こしたイエスをどのように捉え、理解していたでしょうか?ローマ帝国の属国民として虐げられていた人々にとって、イエスは自分たちをローマから解放してくれて、豊かな暮らしを提供してくれる‘解放者’という捉え方しかしていなかったようです。

本来のイエスの目的は、無原罪の(サタンと関係ない血統の)家庭をつくるために来られたのに、価値観が全く合わなかったのですね。だから、神の仕事を決意して僅か3年で十字架の道を選ばざるを得なかったのです。
やがて最後の裁判が行われます。当時の統治者だったピラトという裁判長は、集まった群衆にこう尋ねます。「私はこのイエスに罪があるとは思えない。今日はローマ皇帝の特別恩赦の日である。ここに強盗を犯したバラバという者がいる。イエスかバラバか、どちらか一人を恩赦で許すのだが、どちらにするか?」と。
すると、サタン(悪霊)が入った群衆は一斉に「バラバを許せ!イエスを十字架に!」と叫びます。そこでピラトは「もしイエスを十字架にかけて、それが間違っていたら誰が責任をとるのか?」と聞きます。すると群衆は「もし間違っていたら私たちと私たちの子孫が償いを負う!」と言います。これで決定しました。
イエスは裸にされ、鞭うたれて十字架を担いでゴルゴタという丘に行きます。そこで、両手両足に太い釘を打たれて、高い十字架に磔になります。
この時、イエスの両側に2人の強盗が一緒に磔になりました。左の強盗は「お前が本当に神の子なら、今すぐ奇跡を起こして我々を十字架から降ろしてみろ」と言います。すると右の強盗は、「おまえ、そんな事を言うもんじゃない。我々は罪を犯したから十字架にかかるのは仕方ない。しかし、この方は何の罪も犯していないじゃないか!ととりなし、主よあなたが神の元へ行かれる時は私のような者が居た事を覚えておいてください。」と言いました。するとイエスは「あなたは今日、私と共に楽園にいるだろう」と言います。
最愛の3弟子にも裏切られ最後にイエスを信じたのは右の強盗だけでした。

亡くなる寸前にイエスは十字架上で「神よ、彼らを許したまえ。彼らは何をしているのかわからないのです。」と、自分を死に追いやる人々に対して、神に「とりなしの祈り」を捧げます。「恩讐を愛する」というこの祈りで、イエスの魂にはサタンが手を出せなくなったのです。そして亡くなって行きました。その瞬間、天に暗雲が立ち込め稲妻が光り、神の悲しみが現われます。人々はその光景を見てハッと我に返り、初めて「真にこの方は神の子だった!」と気づきますがもう後の祭りです。

聖書は重要な預言書と言われています。この裁判で群衆が責任をとると言ったとおり、それから約2000年後、ドイツのヒットラーによってユダヤ人600万人の虐殺が行われました。
また、十字架の時の左の強盗は神とイエスを否定しました。これは将来「共産主義思想」が出てくることを示唆し、右の強盗は神とイエスを擁護しましたので、将来の「民主主義」を意味します。
イエスの代わりに解放されたバラバの子孫が「イスラーム」です。
何度も書きますが、イエスの出現の前後で、紀元前後が分かれます。そのくらいイエスは特別な存在であり、歴史は神とサタンとの闘いの歴史であるという事です。

イエスの死後、40日目にペンテコステ(聖霊降臨)が起こり、イエスが霊人体となって12弟子を集め、本格的にローマへのキリスト教伝道が開始されます。
イエスを裏切ったペテロは同じように捉えられますが、先生と同じ十字架では申し訳ないとして、逆さ十字架にかかって処刑されます。それから400年間、キリスト教徒は迫害に次ぐ迫害のなかで沢山の殉教の血を流しながら、最後にはローマ帝国の国教として認められるようになります。

この続きはまた・・・。


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ゴルゴダの丘 最後のイエス  (ネットから)




posted by 城北通り動物病院松江 at 11:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月12日

歴史に見る神の人類救済計画 〜イエス・キリストの生涯B〜西洋神学史観

1年が過ぎるのがあっという間で、もう新しい年を迎えました。皆様、新年の抱負を抱かれて出発されたことと思います。平和で健康な1年でありますようお祈りします。

さて、本題です。イエス・キリストの生涯そのBです。前回までは神の子であるイエスをユダヤ全土に紹介して、自らがイエスの第一弟子となって活躍せねばならなかった洗礼ヨハネが、残念ながら裏切ってしまい最後は牢獄死を遂げます。イエスの落胆は想像もつかないものになったというところまででした。では例によって友人から語っていただきます。

友人:結局、人々の心の準備を整えたところに神の子(イエス)を迎えて地上に天国をつくるのが神の救済計画でしたが、一番要の人物(=洗礼ヨハネ)がサタンに奪われました。その為、イエスは自らが「洗礼ヨハネ=証し人」になって1から出発しなおします。
最初は、ユダヤ教の神学者・法学者を相手に話をしていましたが、ヨハネの否定により当時の偉い人々は完全にイエスを否定し排除しようとします。
仕方なく、イエスは当時の下層階級の無学な人々、漁師や取税人、娼婦といった社会的地位の低い人々の所を歩き回ります。その様な人々に難しい神学を語ってもわかりません。だから、神の権威を見せるため奇跡を起こします。死人が生き返り、盲目の人の目が見える、足が立たない人が立つようになる…など。
そのうわさがユダヤ全土に広まります。しかし、イエスを否定する神学者たちは、自分たちの地位が危うくなりますから、「あいつは悪魔の頭だ!」といって否定し続けます。

いつまでも奇跡ばかり起こしてもいられません。なんとか国家に影響を及ぼさねば、天国はできません。焦る思いでイエスは最後の神への談判祈祷を行います。この時、弟子の中で3弟子(ペテロ・ヤコブ・ヨハネ)を選び、一緒に山に登り「寝ないで祈っておきなさい。私はあちらで祈るから」と言って、必死に神にすがって祈ります。
しばらくして弟子の所に行ってみると、彼らは全員眠っています。もう一度彼らを起こして、再度祈りますが、また帰ってみると、弟子は寝ています。仕方なくイエスは一人で最後の祈りを捧げ、十字架にかかる決意をします。弟子は何のことかわかりません。
結局、イエスを支える3人がとても重要な位置にいました。例として、テーブル板を支えるのに脚が1〜2本では不安定、最低3本でやっと安定します。3人の弟子がイエスと心を一つに祈っていれば、イエスは死ななくてよかったのです。

やがて、イエスを信じる人々の集団の会計をやっていた「ユダ」という人物が役人にイエスを銀貨40枚で売り渡します。イエスは捉えられて牢獄へ。
奇跡を起こせるのですから、役人など払いのける事は造作もないはず。しかし、イエスはもう「死ぬ決意」を固めました。そして、十字架の道へと進んでいきます。

従来の神学では、「イエスは本来死ぬために地上に誕生した。だから、私たちの罪を背負ってくれて亡くなられたから、私たちはイエスを信じれば救われる・・・」という考えでした。しかし、聖書を総合的に解釈する現代神学ではイエスは死ぬために来たのではなく、洗礼ヨハネの妹と結婚して、「神の家庭=無原罪の家庭」をつくり、その子孫も当然サタンと関係ない無原罪の血統をひく・・・そういう氏族、民族をつくらねばならなかったのです。
しかし、必死に神の声を伝えようと、30歳からわずか3年間、一生懸命伝道したのに、最後の3弟子さえもイエスの深い心中がわからずじまい。
結果、自分の肉体はサタンにやるが、魂(=霊人体)は神の元へつなげるという「半分救済の道」を選びます。ですから、以後イエスを信じれば肉体の救済はできなくても魂は救われるという、「半分救済の道(魂だけの救い)」が開かれたのですが、これはイエスの本意では決してないという事です。(魂も肉体も両方救わねばならないのがイエスの本意)
したがって最後にイエスは、黙示録にありますが、「私はまた来る」という再臨預言の言葉を残しています。

従来神学のように、「イエスは死ぬために来た」のだったら、オギャーと生まれてすぐに亡くなったら良いではないでしょうか?一日も早く人類を救うのだったら・・。
結局、アブラハム〜ヤコブ時代から、4000年間かけて準備してやっとの思いで地上に無原罪で誕生させた唯一の神の子を、人類は不信して十字架に追いやるという愚行を犯してしまったと解釈する方が、イエスの言動・行動を総合的に見て、また当時の社会情勢からも、妥当と言えます。「十字架は神の意志ではなかった!」のです。
この続きはまた・・・。

きれいな音楽と映画のワンシーンでちょうどこの場面が出てきます。
https://www.youtube.com/watch?v=sza4rh1YzsM


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イエス最後の祈り と 3弟子の眠り   (ネットから)


posted by 城北通り動物病院松江 at 09:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月04日

新年のご挨拶

皆様、新年あけましておめでとうございます。
旧年中はたいへんお世話になりありがとうございました。
本年も頑張りますのでよろしくお願いします。

年末年始は相変わらず急患対応に追われました。
ペット業界も高齢化と言われていますが、年末・年始に冷え込む環境の中での生活はワンちゃんや猫ちゃんにとって厳しいものがあります。

高齢化社会への提言として、1)8歳〜10歳を過ぎたら一度は健康診断を。2)高齢になったら外飼いからせめてガレージとか、玄関など室内に環境を移動してあげましょう。

本年も、ご家族様、動物たちが健康で心豊かな日々が過ごせますようにお祈りいたします。よろしくお願いします。

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毎年恒例、顧問制作の手作り門松・・・・買ったら高いですよね〜、材料は全部実家のうら
posted by 城北通り動物病院松江 at 09:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする