2017年09月30日

古事記ヤマタノオロチ(八岐大蛇)退治の真相  〜出雲神学からの考察〜

皆さまこんにちは。秋も深まり、収穫祭の時期を迎えました。全国各地で秋祭りや運動会のシーズン到来です。
涼しくなってきてこれからの心配は「猫ちゃんたちの風邪」です。朝夕の温度差が風邪ひきの原因になります。温かい場所を準備してあげて下さい。ワクチンも忘れずに・・。

さて、今回のテーマは古事記に記されている「ヤマタノオロチ伝説」です。知らない方の為に、その概要は以下の通りです。
「高天原のアマテラス(スサノウの姉?)から追放されたスサノウが、島根県肥の国の上流(現 奥出雲町)に来た時、川の上流から箸が流れてきます。上流を上って行くと老いた夫婦が泣いています。原因は、オロチ(8つの頭、身1つ、尾が8つ)という大蛇が来るため、8人の娘を毎年1人づつ人身御供に差し出している。今年も娘(=クシナダヒメ)の番で、可哀相で泣いているとの事。
スサノウは大蛇を退治するから自分の嫁に欲しいと言い、酒樽を8個準備しオロチが飲んで酔って寝た所を切り刻むとお腹から剣がでてきた(草薙の剣)・・・」というお話。

獣医学的には、大蛇とはいえ異物(剣)を飲み込んでいたら元気・食欲がなくなるのに…という解析も馬鹿らしいおとぎ話です。

前回から紹介している原田氏の「古代日本正史」を読むとスッキリ解釈出来ます。(全国の神社に残っている古文書などを徹底的に調査しての結論です。)
◆まずスサノウですが、西暦122年頃現在の出雲市平田町で生まれた様です。スサノウの父はフツ(満州系の名前)で、スサノウは「フツシ」が本名のようです。日本の開国の祖がスサノウとみるのが正しい様です。
スサノウが20歳の頃に「木次事件(キスキ事件)」が起きます。島根県仁多郡横田町にクシナダ姫という美女が住んでいたようです。現在の島根県雲南市木次町に「ヤマタノオロチ」という製鉄業を営む豪族が住んでいました。昔の出雲地方では、熊鰐(クマワニ)とか荒海といった人名が見つかっているのを考えると、こういう相手を威喝するような流行があり、ヤマタノオロチもその類の名前であるとの解釈が合理的です。

豪族で金持ちなら美女を集めるのは古今東西同じ。で、クシナダを見初めて木次に連れて行ったようです。20代の血気盛んな青年の正義感からか、この娘に一目ぼれしたからなのかわかりませんが、このヤマタノオロチの館に、スサノウが切り込んでいって(おそらく夜襲をかけたのでしょうが・・)クシナダ姫を奪い、追っ手を避けて現在の松江市佐草町にある「八重垣神社」の場所にかくまったようです。何故八重垣か?現在の神社の裏山には垣根を何重にも作った跡があるそうで、そこからこの名前が来ているそうです。
尚、豪族ヤマタノオロチを切った剣は当時一番長い刀で、現在も「十束の剣(トツカの剣)=布都の御魂の剣」として、国宝になっています。

スサノウはクシナダを奪って、父のいる平田には行かずに、おそらく父の知り合いである青幡佐久佐比古という人の居住地である現八重垣神社の場所に逃げた様です。

先日、八重垣神社に行ってみました。境内の説明版に次の様な文言があります。
「・・・この佐草の地に宮づくりしてご夫婦の宮居とされ、縁結びの道をひらき略奪結婚から正式結婚の範を示し・・・・・」この中で略奪結婚とあります。スサノウが映画卒業のようにヤマタから略奪したと言う意味か?またはヤマタが略奪したのを、スサノウが取り返して両親の許可を得て正式結婚した・・という意味か?いずれにせよ、ヤマタノオロチが本当に大蛇なら、こんな文言は出てこない筈ですね。

次回はスサノウの素顔にせまります。

八重垣神社.jpg八重垣神社

八重垣神社 裏山.jpg 八重垣神社 裏山 (八重の垣根があったとされる)


クシナダ姫.jpg  日本最古のクシナダ姫壁画

posted by 城北通り動物病院松江 at 11:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

神々と国土の誕生?―西洋神学との比較  〜出雲神学からの考察〜

残暑お見舞い申し上げます。
今年の夏は冷夏かと思ったのに、短期間での突然の猛暑。でもお蔭で田んぼの稲はすくすくと成長しています。私の実家ではお盆前に稲刈りをして、早速新米を食すという、何か時代が急ぎすぎている感じがします。温暖化のせいでしょうか?

さて、前回は古事記、日本書紀は実際の史実と異なり、かなり創作された「おとぎ話の書物」という話を書きました。余り古事記など読まれていないかもしれませんから、少し内容を見てみます。
古事記は712年太安万侶が当時の元明天皇に献上したとあります。日本書紀は奈良時代(720年)の作品。いずれも、西洋の歴史に比べると、例えば聖書は西洋史6000年前の事柄を紀元前5世紀ごろから編纂した書物と言われていますから、古事記・日本書紀など世界史的に見れば新しい時代の書物です。
シルクロードを経て文化が伝わった事を考えると、古事記、日本書紀の内容が多分に聖書など、西洋の歴史書の影響を受けていてもおかしくないでしょう。
一例をあげますと、夏祭りに全国各地で「神輿」を担ぎますね。実は旧約聖書のモーゼが多くの民を連れて荒野を渡り歩きます。その時、信仰の象徴的対象物として、「契約の箱」(神の啓示で造られた石版や杖、マナという食べもの等が入ったもの)を民に担がせて運び、荒野で天幕を造り、聖所・至聖所という2部屋式の祭壇を造り祀ったと記録されていますが、現在の神社の構造や、おみこしがまさしくそれ。旧約聖書の内容が日本の神道に流れています。

古事記の最初は世界が混沌としていたが、3大神(アメノミナカヌシ・タカムスビ・カミムスビ)によって国土が造られるとあります。聖書でも唯一なる神がおられて、天使たちが宇宙の創造を手伝ったとあります。古事記の3大神は聖書の3大天使長(知・情・意の3天使長、ルシファー・ミカエル・ガブリエル)に該当するような気がします。

やがて、日本の国土を創造したとされるイザナギ・イザナミの男女神が出現します。(国生みのニ神)オノコロ島に御柱を立てて誓約を結び最初にイザナミが声をかけてお互いに柱を廻ってイザナギと契を結び子を産みます。しかし、この子はヒル子と呼ばれる醜い子だったので海に流します。天上の神に問いただすと、「女性から先に声をかけたからダメだ。男性から声をかけ直しなさい」と言われます。イザナギから声をかけて柱を廻って契ると、ちゃんとした子が産まれます。
この内容、あれっ?どこかで聞いたような内容だと思いませんか?・・・そうです。今までシーズン1で書いて来た西洋神学の最初、アダムとエバの堕落の物語です。天使長ルシファーにそそのかれ、堕落したエバがアダムを誘って2人とも堕落してエデンの園から追い出されたという話。やはり、西洋の神学がこの時代、東洋に影響を与えていたことがわかります。

しかしここで重要な事は、自分の罪状と存在を隠すため、サタン(ルシファー)は、日本の歴史書に神自体の存在をわからなくする「八百万(やおよろず)神」という思想を植え付けました。これが、日本の神観がわけのわからない神話のおとぎ話になった背景のようです。

「古代日本正史」の著者、原田氏は文化の発展を河と平野に注目しています。
曰く、古代日本には原住民としてのアイヌ族や沖縄の琉球民族、隼人族が住んでいたようです。古代遺跡を発掘すると、群馬、栃木〜三重県あたりまで地勢に合った場所にアイヌ民族が住んでいたようです。縄文土器のほとんどはアイヌ民族の生活様式。
しかし、出雲遺跡から出てくる物には、鉄器・馬具などがあり、明らかに大陸から渡って来た文化を顕しています。
日本人のルーツは大きく分けて2ヵ所。北モンゴル系と南モンゴル系だそうです。
神社で柏手を打ちますね。あれは、モンゴル民族の挨拶の仕方だそうです。
北モンゴル族が満州→朝鮮半島→隠岐の島→出雲地方に流れてきたようで、一方南モンゴル系は、中国大陸から上海→沖縄→南九州地方に上陸したようです。

古事記では、日本の国を最初に統治したと言われる「スサノウノミコト」という人物が登場します。この人物の解析が重要なポイントになります。
初めによくよくお断りしておきますが、日本の神社に祀られているのは「神」本体ではなく、当時の人々の尊敬を集めた「人物」の霊魂が祀られているという解釈がどこまでも合理的です。
古事記にあるように、イザナギとイザナミが契を結んで、淡路島や四国・九州が生まれ、日本列島が誕生する・・・?漫画の「進撃の巨人」じゃあるまいし、女学生が遊び半分で書いたようなおとぎ話が学校の教科書に今なお真面目に書いてある・・・。日本の文科省の知性を疑います。
いい加減、科学性と合理性に基づいて日本の原点歴史を見直したらどうでしょうか?

この続きは次回に・・・。

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東京の学会の帰りにスカイツリーを見学。たか〜〜い、こわ〜〜い!!

posted by 城北通り動物病院松江 at 09:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

西洋神学と古事記  〜出雲神学からの考察 1 〜

暑中お見舞い申し上げます。
今年の夏は、例年より気温が高い様です。そのせいか、熱中症一歩手前の症状のワンチャンや猫ちゃんが頻繁に来院されています。皆さまもお気を付けください。

さて、今回からシーズン2に入ります。出雲神学の本髄であるスサノウノミコトやオオクニヌシについて、現代神学をベースに解析を行ってみようかと思います。
まず最初にお断りを。
日本では八百万の神々として、その筆頭がアマテラス大神、スサノウ尊、オオクニヌシ尊などが登場しますが、これから記入するうえでこれらの神々の名称が長すぎますので、敬称略で記します。
また、神々の問題を扱うと必ず天皇家のルーツに関わります。私は個人的には天皇陛下大好き人間で、しかも尊敬しているという立場での記述だという事を明記しておきます。

私事ですが、私は幼い頃から島根の山奥の「熊野大社」のふもとで生まれ過ごしてきましたので、神社のお祭りや自宅の神棚は‘あってあたりまえ’の世界でした。
しかし、学業を重ねるうちに「神」とは一体なんだろう?出雲神話に出てくるスサノウやオオクニヌシは一体どんな存在?と、疑問を抱くようになりました。

そもそも、日本の国自体や文化の出発点にはどうしても出雲地方が絡んできます。
幼い頃から、出雲風土記と古事記、日本書紀の‘神話’内容を叩きこまれてきた私達は、「ふ〜んそうなんだ」くらいにしか思いませんでした。しかし、視点を世界に向けて考えてみる時、日本の神々と西洋の神、どっちなんだ?どれが本物?という疑問がわいてきます。
神の定義は「唯一絶対、平和、愛、平等、」という様な位置づけ。なのに、何故神を巡って人々は戦争をするのか?・・・・こんな疑問は私だけ?

そこで、見えない世界を扱う神学ですが、ある程度科学的・客観的思考を取り入れて分析すると、面白い内容が見えてきました。表現は悪いのですが、長い間の便秘が治った様な感覚でしょうか?

すみません。前置きが長くなりました。本論です。
これからの内容は、原田常冶著「古代日本正史」という現在では絶版になった本が参考文献です。かなりシビアに日本の古代史を分析していて、私としては共感の多い本です。
その内容から〜。
1) 古事記・日本書紀は正確か?
古事記には神々が日本の国を産んだとか、国を引っ張ってきたとか、およそ現代科学では全く意味不明の内容です。比喩・象徴で書かれている聖書でもここまでのおとぎ話ではありません。そうなると、別の事実があったものの、それが知られるとまずい事があって古事記や日本書紀の著者がおとぎ話をでっち上げたとしか考えようがないという事です。隠ぺいの理由は天皇家のルーツに関わる問題だったからです。
前出の原田氏は、古事記・日本書紀は作者の意図が加わった作り話とハッキリ明記しています。
そして、出雲風土記と中国の魏志倭人伝、そして全国の著名な神社に残されている文献を明確に何度も歩いて調べ上げ、更に宮内庁・天皇家が守って来られている祭祀とその神社の関連を徹底的に調べたようです。その執念たるやすさまじく脱帽ものです。

結論として、古事記・日本書紀は100%実際の史実の内容ではない!という事です。

では、スサノウやオオクニヌシ、アマテラスとはいかなる存在か?この続きは次回に・・。

熊野大社.jpg
スサノウとクシナダ姫の墓所  出雲一の宮 熊野大社

posted by 城北通り動物病院松江 at 19:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする