2019年04月21日

繰り返される歴史に見る神の人類救済計画  〜西洋神学史観〜

皆様、今月はブログ記事が遅くなりました。さすが4月。ただでさえ忙しいのに、雑用まで加わって多忙の極みです。やっと少しづつ暖かくなってきました。ノミ・マダニには注意しましょう。

さて今回はキリスト教の歴史を中心に、なぜ?同じような事が約2000年のスパイラルで起こってきたのかという疑問の答えを、また友人に語って頂きます。
友人:簡単に整理します。
・アブラハムからイエスの出現までを、モーゼの教えを中心とした「旧約時代」(旧約聖書の時代)と言います。
・イエスの出現以降、近代までの時代を、イエスの教えを中心とした「新約時代」(新約聖書の時代)と言います。

前回までは、イエスの出現から、キリスト教の迫害〜国教化まで約400年であったと言いました。丁度、アブラハムの子孫(ユダヤの民)がエジプトに奴隷として連れて行かれて、400年間苦役を強いられて、モーセという解放者がエジプトから連れ出すまでの期間、まさに内容も年数もイエスから400年間とそっくりです。

新約時代:キリスト教がローマ帝国の国教になってからは、広い地域を6つの教区に分けて、夫々教区長という代表者が強い権限を持っていました。それを一つにまとめたのが西暦800年チャールズ大帝です。この時代を「教区長制キリスト教会時代」と称します。
旧約時代:モーゼが出エジプトを終えて、その子孫がカナンという目的地に入植して、大きな国をつくります。そして士師と呼ばれる強い権力を持った者が地域を治めます。やがて、サウル王が一つにまとめるまでの期間を「士師時代」と呼び、約400年間です。

単に、年代だけを適当に引っ張り出して、「すごい、歴史が繰り返している!」というなら、それはこじつけになります。この歴史観のすごい所は、繰り返される内容がほとんど一致していること。ここに、どう考えても神が働いているとしか考えられない流れが出来上がっています。

新約時代:西暦800年チャールズ大帝がイエスの教えを中心とした国家を造り上げますが、残念ながら後継者が絶えてしまいます。やがて選挙制になり、919年ヘンリーT世がドイツ王位につくまでの119年間(約120年)を「キリスト王国時代」と称します。
旧約時代:サウル王が在位40年、次にダビデ王も40年、最後にソロモン王が40年国を治めますが、やがて崩れていきます。このサウル王〜ソロモン王までの120年間が「統一王国時代」と称します。
神の教えを中心とした王国が旧約時代も新約時代も共に120年で滅亡するという史実が起こります。神は何度も人類に手を差し伸べて救済を導きますが、時の中心人物の責任が果たせないため、またぞろ歴史を延長して同じことを繰り返してきているのです。(前述=神の責任性と人間の自主性の項目参照)

この続きは次回に。

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チャールズ大帝 (ネットから)


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知恵者ソロモン王 (ネットから)


posted by 城北通り動物病院松江 at 18:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月15日

イエス以後のキリスト教史と歴史のスパイラル  〜西洋神学史観〜

皆様、こんにちは。今年の山陰地方は暖かく、木々の花・草花たちが混乱しているのではないでしょうか?3月2日から、新年度の狂犬病予防注射がスタート。忙しくなります。

さて、前回まで4回にわたって「イエス・キリストの生涯」を友人に簡単に述べてもらいました。今回はいよいよキリスト教史と歴史のスパイラルを、引き続き友人に述べてもらいます。

友人:イエスが十字架で亡くなったあと、人々に憑りついていた悪霊やサタンが一旦離れます。すると、群衆は我に返って「真にあの方は神の子だった」と言いますがもう手遅れ。人間という生き物は、何か失敗すると必死に言い訳したり、隠したり、責任転嫁を始めます。近代までのキリスト教がそうで、「イエスは私たち全人類の罪を背負って、十字架に架かって下さったのだ。だから、イエスを信じさえすれば天国に行けるんだ」と極めて都合の良い解釈で逃げてきました。
しかし、よくよく考えてみてください。真面目に良心に従ってイエスを信じて生涯を終えた方と、死ぬ直前まで好き勝手放題に生きて死ぬ寸前にイエスを信じた人、どちらも天国に入るならこんな不公平は無いでしょう?江戸時代の浄土宗の教えも似ています。念仏さえ唱えれば極楽浄土に行ける・・・と。

はっきり申しますが‘天国’とはサタンと関係ない血統(無原罪の血統)を受け継いだ人の家庭しか入れません。神の創造の目的と法則がそうなっているからです。
残念ながらイエスは独身で亡くなりました。だから、天国に入るための待合所と言われている‘楽園’止まりです。当然、私たちの先祖もそうですが、誰一人‘天国’に入った人はいないのです。勿論、神の子である無原罪のイエスが楽園止まりですから、他の歴史上の四大聖人と言われる釈迦・孔子・ソクラテス等の方たちも其々の霊界には居るようですが、神様の元の天国には入れていなくて、不自由だそうです。

結局、当時のイエスの12人の弟子と70人の門徒は先生を十字架に架けたという良心の呵責を痛切に感じて、その後イエスの教えを伝えるために、「全ての道はローマに通じる」とまで言われた一大帝国のローマへ伝道に出掛けます。そこで凄まじい迫害を受けます。歴史で有名な皇帝ネロの時代、キリスト教徒は次々と捉えられ、ローマ市民の娯楽のために、円形競技場でライオンに食わせたり火あぶりにしたりという迫害を受けました。

それが数百年続きますが313年コンスタンチヌス大帝のときにローマ帝国がキリスト教を公認するという奇跡が起こります。そして、392年、あれだけ迫害を受けていたキリスト教はローマの国教になります。
聖アウグスチヌスがイエスの生涯と教えをまとめて新約聖書をつくります。(それまではモーゼの十戒に基づく教え=旧約聖書でそれを信じる人たちがユダヤ教徒と呼ばれています)

イエスから約400年で国教にまでになったキリスト教。このイエスの教えが全世界に伝播されるようになります。
ところで、キリスト教は現代文化のベースになっています。何故でしょうか?神が人類を救うために、全世界にイエスの教えが広まるように手配(摂理)したからです。もし、日本文化が世界に広がっていたら、今もほとんどの人は着物を着ていますね。イエス誕生の約400年前、仏陀が現われてその後仏教が広まりましたが、全世界の文化には至っていません。
つまり、宗教には「神が直接関与される中心宗教」と「周辺宗教」があるという事。宗教は「大基の教え」という意味で皆同じですが、民族や歴史、風習によって異なるだけです。

さて、有名な歴史学者のトインビーは彼の「トインビー史観」で、「なぜか?歴史は繰り返されている」と指摘しました。実はこのことが大きな問題なのですね。

これまででお話ししましたが、旧約聖書に出てくるアブラハムの家庭がイサク・ヤコブの3代で神の人類を救うという願いの第一段階を勝利しました。そしてその家庭レベルでのアブラハムから、神側の民族を作ったモーゼの出現まで約400年間です。
イエスの出現から、キリスト教がローマという国の国教になるまでやはり400年です。
つまり家庭的な勝利から、民族的な勝利、そして国家的な勝利へと神の人類救済が、ほぼ同じ年数ごとに広がってきているという事です。
これ以降の歴史を調べると、実に不思議な‘スパイラル’が繰り返されてきているのです。
これ以降は次回で・・・・。

以上

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ローマ帝国の迫害を受けるキリスト教徒 (ネット画像から)



posted by 城北通り動物病院松江 at 11:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

歴史に見る神の人類救済計画 〜イエス・キリストの生涯C〜西洋神学史観

皆様、こんにちは。北日本は寒波が厳しい様ですが、今年の山陰地方は本当に雪が少ない年です。2月に入っても桃や梅の花まで咲いているこの頃。積雪が少ないと雨量が心配で、稲作に影響が出ますね。

では、本論です。イエス・キリストの生涯の最終稿です。例によって友人の弁です。
友人:前回までは、イエスが愛し尽くしたはずの3弟子が裏切り、会計係だったユダがイエスを銀貨40枚で売り飛ばしました。
有名な「最後の晩餐」という絵画をご覧になった方も多いかと思います。12人の弟子たちと最後の食事の席でイエスは「この中に私を裏切るものがいる」と言います。皆は誰だ?とざわめきます。イエスは「その人は生まれてこない方が良かった・・・」と表現しました。それが会計係のユダなのです。

旧約聖書を研究してきた当時の神学者ならイエスの教えや例えが良く理解できたと思いますが、いかんせん無学な漁師や取税人出身の弟子たちでは、奇跡を起こしたイエスをどのように捉え、理解していたでしょうか?ローマ帝国の属国民として虐げられていた人々にとって、イエスは自分たちをローマから解放してくれて、豊かな暮らしを提供してくれる‘解放者’という捉え方しかしていなかったようです。

本来のイエスの目的は、無原罪の(サタンと関係ない血統の)家庭をつくるために来られたのに、価値観が全く合わなかったのですね。だから、神の仕事を決意して僅か3年で十字架の道を選ばざるを得なかったのです。
やがて最後の裁判が行われます。当時の統治者だったピラトという裁判長は、集まった群衆にこう尋ねます。「私はこのイエスに罪があるとは思えない。今日はローマ皇帝の特別恩赦の日である。ここに強盗を犯したバラバという者がいる。イエスかバラバか、どちらか一人を恩赦で許すのだが、どちらにするか?」と。
すると、サタン(悪霊)が入った群衆は一斉に「バラバを許せ!イエスを十字架に!」と叫びます。そこでピラトは「もしイエスを十字架にかけて、それが間違っていたら誰が責任をとるのか?」と聞きます。すると群衆は「もし間違っていたら私たちと私たちの子孫が償いを負う!」と言います。これで決定しました。
イエスは裸にされ、鞭うたれて十字架を担いでゴルゴタという丘に行きます。そこで、両手両足に太い釘を打たれて、高い十字架に磔になります。
この時、イエスの両側に2人の強盗が一緒に磔になりました。左の強盗は「お前が本当に神の子なら、今すぐ奇跡を起こして我々を十字架から降ろしてみろ」と言います。すると右の強盗は、「おまえ、そんな事を言うもんじゃない。我々は罪を犯したから十字架にかかるのは仕方ない。しかし、この方は何の罪も犯していないじゃないか!ととりなし、主よあなたが神の元へ行かれる時は私のような者が居た事を覚えておいてください。」と言いました。するとイエスは「あなたは今日、私と共に楽園にいるだろう」と言います。
最愛の3弟子にも裏切られ最後にイエスを信じたのは右の強盗だけでした。

亡くなる寸前にイエスは十字架上で「神よ、彼らを許したまえ。彼らは何をしているのかわからないのです。」と、自分を死に追いやる人々に対して、神に「とりなしの祈り」を捧げます。「恩讐を愛する」というこの祈りで、イエスの魂にはサタンが手を出せなくなったのです。そして亡くなって行きました。その瞬間、天に暗雲が立ち込め稲妻が光り、神の悲しみが現われます。人々はその光景を見てハッと我に返り、初めて「真にこの方は神の子だった!」と気づきますがもう後の祭りです。

聖書は重要な預言書と言われています。この裁判で群衆が責任をとると言ったとおり、それから約2000年後、ドイツのヒットラーによってユダヤ人600万人の虐殺が行われました。
また、十字架の時の左の強盗は神とイエスを否定しました。これは将来「共産主義思想」が出てくることを示唆し、右の強盗は神とイエスを擁護しましたので、将来の「民主主義」を意味します。
イエスの代わりに解放されたバラバの子孫が「イスラーム」です。
何度も書きますが、イエスの出現の前後で、紀元前後が分かれます。そのくらいイエスは特別な存在であり、歴史は神とサタンとの闘いの歴史であるという事です。

イエスの死後、40日目にペンテコステ(聖霊降臨)が起こり、イエスが霊人体となって12弟子を集め、本格的にローマへのキリスト教伝道が開始されます。
イエスを裏切ったペテロは同じように捉えられますが、先生と同じ十字架では申し訳ないとして、逆さ十字架にかかって処刑されます。それから400年間、キリスト教徒は迫害に次ぐ迫害のなかで沢山の殉教の血を流しながら、最後にはローマ帝国の国教として認められるようになります。

この続きはまた・・・。


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ゴルゴダの丘 最後のイエス  (ネットから)




posted by 城北通り動物病院松江 at 11:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする