2020年05月18日

スサノウ尊が作り上げた社会形態 〜出雲神学〜

皆様、こんにちは。
世界的なパンデミックであった新型コロナウイルス問題も、各国の必死の対策で少し落ち着きをみせてきたようです。国内では7月にいよいよワクチンの治験開始との事で、このまま大人しく治まってくれれば良いのですが・・・。このウイルス、熱や湿度に弱いとの事で、これからの季節には広がりにくくなるでしょう。しかし、悪いことに「急速に変異して強くなるウイルス」なので、たとえワクチン接種できても、様子を見ないとわかりませんね。日本はもとより、世界も長い不況から抜け出せればよいのですが・・・。特に医療関係者の方々のご努力に敬意を表します。

さて、本題です。以前も少し書きましたが西暦120年ごろ、つまり今から約1900年前の日本で、今のような文化や経済の機構も無かった時に、出雲に現れたスサノウノミコトは、市場を開いて物々交換制度の経済社会体制を作りあげます。
社会と言っても、当時の地域は島根県の現在の・出雲市・松江市・安来市、隠岐の島、あたりのエリアに限定されます。
それまでは各地域ごとに族長と呼ばれる人が部落をまとめていたようです。それを人望の厚いスサノウがまとめ上げました。

スサノウは古代の記録では一生涯戦って敗れたという記録が無いほど、優れた人物だったようです。頭も良くて出雲〜隠岐の島までを186か村に分けて、それぞれに神(村長)を置きます。
当時は村長を神と呼んだんでしょう。
スサノウの住まいは現在の雲南市大東町須賀の地で、須賀神社に祀られています。ここには現在スサノウ尊、クシイナダ姫、そしてヤシマヌノ尊(スサノウ夫妻の長男)、タケミナカタ尊(大国主・須世理姫の三男)が祀られています。この地は近場の大東町清田というところに製鉄所があり、松江市に通じる途中の要所であり、そして後ろには八雲山(三室山または須賀山とも呼ぶ)がそびえ、そこに上がると眼下に中海・宍道湖、島根半島の弓ヶ浜、遥かには伯耆富士と呼ばれる大山が見渡せます。平野ではないから外敵が来ても途中で防ぐ場所がある…などの理由でこの地に住んだようです。
ここを拠点に毎年8月に出雲中の物産市が開かれ、特に生活の必需品であったゴザを中心に夜通し賑わったという記録があります。(今でもその地名が市場)

余談ですが、スサノウ・クシイナダ姫の第5子である大歳(オオトシ)尊(=饒速日尊)が大和地方へ乗り込んで日本全土を最初に治めた際、現在の大神神社(おおみわじんじゃ)のある三輪の地に住み、後ろの山を三室山(三輪山)と名付けました。父の故郷を慕ってのことで、父と同じく大和中の物産交換市をつくって「海柘榴市(つば市)」としました。いかに父親を尊敬していたかが伺えます。

スサノウは隠岐の島を水若酢尊(ミズワカスのみこと)という人に支配させ、西出雲には支庁を置いて時々そちらに出張していたようです。
出雲地方ばかりでなく、九州平定後も特に筑前・筑後・豊前・豊後の地方では、1900年経った今でも八坂神社・祇園社・牛頭社、或いは熊野神社の名前でスサノウ尊を祀っている地域が多いです。九州統治は短期間であったのに住民にこれだけ慕われたところを見ても、よほど優れた名君であったようです。
家庭にあっても8人の子が全部イナダ姫の生んだ子で、皆優秀だったことから、子孫が大変栄えたという事で、弥栄神社(いやさかじんじゃ 島根県津和野町)という名で祀られ、スサノウ夫妻と8人の子を祀った社を八坂(阪)神社という名で全国に祀られています。

スサノウ尊とクシイナダ姫の没後、2人は現在の島根県松江市八雲町の熊野大社(出雲一の宮)
に祀られています。スサノウ夫妻の墓は当時の熊野山(おそらく現在の天宮山=天狗山)に元々あったと言われています。この山に登ると、大きな岩が山の頂上付近にあります。そこが本来のの墓ではなかろうか?と言われています。

スサノウ没後、国譲りがあり出雲の直系の子孫は追放され、九州から島根県松江市美保関に上陸してきた日向族に占領されます。西暦220年頃の事です。そこで出雲の統治を猿田彦という出雲出身者に任せます。この猿田彦は、現在の佐太神社(島根県松江市鹿島町)を中心に、当時部族長会議を招集して統治しました。出雲地方〜隠岐の島で186の部族長(神)が一堂に会するこの会議、その時期が「神在月」と呼び、この佐太神社以外の地域を「神無月」と呼んだのです。それが、後世では、出雲地方が「神在月」で、全国が「神無月」と呼ばれるようになりました。元々の神無は、もっと限局された地域だったのです。

この族長会議もかってのスサノウの手腕を猿田彦が相続したのでしょう。

このように、スサノウ尊は大変人望の厚い指導者だったようです。繰り返しになりますが、もし、西洋でイエス・キリストが当時の人々に受け入れられていたなら、もともと神の期待を受けて生まれたスサノウ尊は日本初代の王として、イエスの教えを基本に素晴らしい国を造ったことでしょう。
「不倫(九州統治に現地妻=卑弥呼を迎えた)」という一点の罪のため、日本の国はサタンの手のひらで踊るような殺戮の歴史になってしまいました。

以上です。この続きはまた・・・。    (参考出典:古代日本正史・原田常治著)

熊野大社 (2).JPG
熊野大社(スサノウ尊・クシナダ姫の墓)


須賀神社.JPG

スサノウ尊の居住地




posted by 城北通り動物病院松江 at 11:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: