2019年05月24日

繰り返される歴史に見る神の人類救済計画A 〜西洋神学史観〜

皆様こんにちは。ブログ更新がまた遅くなりました。
新緑のすがすがしい季節になってまいりました。狂犬病の集合注射も始まり、忙しい日々です。フィラリア薬やノミ・マダニの対策をしっかりやりましょう。

さて、前回の続きです。例によって、友人の弁です。

友人:@アブラハムからイエスの登場までの2000年間(ユダヤ教=旧約聖書をベースとした宗教史)とAイエスから現代までの2000年間(キリスト教=新約聖書をベースとした宗教史)の比較を始めています。今までの内容を整理します。上記@とAの順で書きますと、
@ のエジプト苦役時代とAのローマ帝国迫害時代が約400年間でリンクしています。
次に、@の士師時代とAの教区長制キリスト教会時代が約400年間でリンクしています。
更に@の統一王国時代とAのキリスト王国時代が約120年でリンクしています。今回はこの続きです。

わかりやすく@→Aの順番で解説しましょう。
@ ソロモン王時代の統一王国時代が崩れて、10部族からなる北朝イスラエルと2部族からなる南朝ユダに分かれて、南北王朝分立時代が到来します。北朝は260年間の間に19人の王が代わり、殺害の歴史を持ちました。しかも邪神を崇拝するなど神の願いに添わなかったため、アッシリアによって滅ぼされます。しかし、南朝ユダはソロモン王からの正統一系の王制を守り、20人の王のほとんどが善良な王でした。しかし、最後は偶像崇拝にふけったため、バビロニアに捕虜となってしまいます。南朝ユダは394年間続きました。(98.5%の確率で約400年の歴史)

A チャールズ大帝によって始まったキリスト王国も3代目に紛争が起こり、東、西フランクとイタリアに三分割されます。やがてイタリアは東フランクに統合されて、実質東西フランク王国という東西王朝分立時代を迎えます。東フランクは大いに栄え、神聖ローマ帝国と呼ばれ、王はローマ皇帝を名乗り西ヨーロッパを統治しようとしました。しかし、やがて法王庁が腐敗堕落したため、聖フランシスなどの修道院の人物達が改革運動を起こします。しかし、エルサレムの聖地がセルジュクトルコに奪われると、それを奪還するため歴代の法王たちは旗に十字のマークを付けた軍隊を送りこみます。200年間にわたって7回の遠征を行ったのが十字軍です。しかし、敗戦を繰り返すだけで、やがて法王権が失墜し、崩壊します。この期間が約400年間です。
上記@とAを比べて、何が似通っているでしょうか?
ずっと以前のブログ記事で書きましたが、アダムが堕落して神は直ぐに救いの計画を始めます。それが、アダムの子供のカインとアベルです。アダムは堕落して神とサタン両方の影響を受けましたから、これを神側とサタン側に分けて、救いを開始します。次子アベルが神側で、供え物をして長子カインはアベルを仲保者として神の前に出て、2人が一つになると救いが完成するように計画されましたね。
しかし、長男のカインが弟アベルを殺害してしまい、救いは頓挫します。
この民族版が今回の分立時代です。@の南北王朝では、南がアベル(神側)、北がカイン(サタン側)に分けて、神は南から信仰の基盤を造ろうとしました。同じく、Aでも西がカイン側、東がアベル側として、2つに分けて東に信仰の伝統をつくるように期待されました。

しかし、どちらの時代も最終的には指導者が不信仰に陥り、他国に捕虜となって生活するという出来事が起こります。
神は「唯一無二、無形なる実体」と定義されます。しかし、モーゼの時代もそうでしたし、今回の各々の国が最後に崩れたのも、偶像崇拝です。神を象徴する偶像をつくる事を神は絶対受け入れません。
現代でも、偶像を祀って、神だー!と言って信仰している民衆が居ますが、本来の神は無形ですから、偶像を最も嫌われます。歴史の役割の中で、周辺宗教なら良いでしょうが、中心宗教の役割を担ったユダヤ教やキリスト教では、偶像はあってはならない存在なのですね。     この続きは次回に・・・。    以上

南北王朝の地図.jpg

南北王朝時代の地図 (ネットから)


東西王国時代の地図.jpg

東西王朝分立時代の地図 (ネットから)




posted by 城北通り動物病院松江 at 16:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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