2018年12月09日

歴史に見る神の人類救済計画 〜イエス・キリストの生涯A〜西洋神学史観

あっという間に今年も最後の月になりました。師走のあわただしい中、どうぞ事故にあったり病気になられません様ご注意ください。

ブログ記事が大変遅くなりました。11月はいろいろ慌ただしく、なかなか時間が取れませんでした。
もうすぐ子供たち待望のクリスマス。イエス・キリストの生誕をお祝いする日です。しかし昨今のもっとも新しい神学の知見では、イエスの生誕日は実は1月初めとの事です。
では前回に続き、例によって友人の弁でイエス・キリストの生涯を見てみましょう。

友人:イエス・キリストが誕生する前までの時代は、モーゼの十戒を基礎にした教え=旧約聖書でした。この聖書の終盤の預言書と言われる所に、「将来、救世主を遣わす」というものがあります。その救世主とはイエスの事ですが、実は救世主が現われる前に、預言者エリヤという人物が現われる・・ともあります。
特別預言者エリヤとは、イエス生誕より前、紀元前9世紀に活躍して突然昇天した有名な預言者です。ですから、人々は、まだ見たことのない救世主よりも歴史上の実在の人物だったエリヤを先に待ち遠しく思っていました。

イエスのいとこにあたる人物で、祭司長(教会の祭祀をつかさどる仕事)という名門の家系に生まれた「洗礼ヨハネ」という人物がいます。彼は大変な修行を積んで当時の人々から、彼こそ来たるべき救世主か?とまで噂され尊敬を集めた人物でした。
そのヨハネが人々に説いていたのは、「私は水で洗礼(清めの儀式)を授けるが、私の後に來る方はみ言葉でもって洗礼を授けてくださる」と語り、「自分は来たるべき方(主)の道を整えるもの」と表現しています。
つまり、紀元前9世紀に昇天したエリヤの使命を持って生まれたのが実に、この洗礼ヨハネだったのですね。

ところがその後で、貧しい家系に生まれた名もない大工の息子であるイエスが30歳になってから突然「自分は救世主・メシヤである」と宣言して伝道を開始します。
最初、洗礼ヨハネはイエスと会って洗礼を施すと、聖霊が天からイエスの頭上に降り注ぐという奇跡を見ました。そこで、「来たるべき方は彼である」とイエスを証ししました。

しかし、人の性の悲しきかな。今まで自分の所に集まってきた人々がイエスの元に集まるようになると、ヨハネは寂しい思いに駆られてきます。本当は、イエスの第一弟子として、生涯イエスに従わなければならなかったのに、自分で独自の道を歩んでしまいます。
そうすると、当時のユダヤ教の教師や祭司長たちは、どう思うでしょうか?
立派な家系に生まれた知識豊富なヨハネと、名もない大工の息子・・・・どちらが立派に見えたでしょうか?

本来、エリヤの使命を担う洗礼ヨハネが人々にしっかりイエスの価値を教え、当時のユダヤ教を一つにまとめてイエスを神の子として全員が信じていたなら、イエスの新しい教えは、ユダヤの地を治めていたローマ帝国に伝播され、シルクロードを通ってアジアにも広がり、世界が神の愛で満たされた「一つの神の国」になっていたはずでした。

つまり、人類始祖アダムの堕落以後、幾多の信仰の中心人物を立てて4000年ぶりにやっとの思いで誕生させたイエス・キリスト。イエスの教えが即、全世界に伝わるようにするため神は、ローマ帝国を準備し環境を整え、更には、イエスの現われる約400年前ころから、東洋には仏教や儒教、西洋では哲学者ソクラテスらを遣わし、人々の心を耕し、信仰の準備を整えていたのですね。

イエスと洗礼ヨハネが一つになってさえいれば、世界は一つになり、神の王国になっていました。この洗礼ヨハネ1人の失敗により、イエスは自分で自分を証する立場、つまり洗礼ヨハネと救世主の2役を担って苦労しなければならなくなりました。

イエスの言葉に次のものがあります。「女の産んだ者の中で、バプテスマ(洗礼)のヨハネより大きい人物は起らなかった。しかし、天国で最も小さい者も、彼よりは大きい。(マタイ伝11章11節)」と。
この言葉の中に、どれだけイエスがヨハネに期待したか、しかし裏切られた悔しさがにじみ出ています。

続きは次回に・・・。
下記画像=イエスに洗礼を授けるヨハネ   (ネットより引用)


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posted by 城北通り動物病院松江 at 18:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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